日本大学医学部精神医学系の内山真です。日本睡眠学会第42回定期学術集会の前日2017年6月28日に横浜で開かれた理事会において、日本睡眠学会理事長に選出されました。日本睡眠学会の歴史と伝統を継承しさらに発展させることで、学会の持つ力を多くの人に役立てるよう、平田幸一副理事長および千葉伸太郎事務局長とともに全力で取り組みます。

私たち日本睡眠学会は、会員それぞれが専門分野の垣根を越えて一緒に考えるという学際的な伝統を持っています。毎年の定期学術集会では、その黎明期から、生理学、生物学、臨床医学、臨床検査学、心理学、工学、看護学など睡眠に関連した多彩な分野の会員が集い、多様な見地から睡眠について学び考える姿勢を培ってきました。学術集会の会長も多彩な分野から選ばれ、それぞれ特色ある会を開催してきました。すばらしい伝統です。

伊藤前理事長は、会員がお互いに学び合う毎年の学術集会を充実させるため、日本睡眠学会主催の学際的シンポジウムを創設し、会長が特色ある学術集会を開催することができるよう、学会全体で学術集会を経済的にサポートする制度を作りました。こうした方針を全面的に引き継ぎ、毎年の学術集会がより魅力的のものとなるよう、システムをつくって行きたいと思います。

公的研究費の枠作りと睡眠学の推進、専門医・専門歯科医制度や専門検査技師制度の整備、保険医療費適正化への働きかけ、睡眠に関する教育の拡充、行政への正確な情報の提供など、私たちの周りには多くの課題があります。これらに適切に対応するため、日本睡眠学会では分野を超えた会員からなる各種の委員会を設けてきました。

委員会の活動がより効果的な活動が行われるように、これまでの委員会を、学会運営や各分野の基本的活動に関連する常設の委員会および個別的問題解決のために設けられた作業部会に分け、重要な小委員会は常設の委員会に格上げしました。これにより各委員会がより力を発揮できることと思います。

世界では、世界睡眠学会連合(World Sleep Federation)と世界睡眠医学会(World Association of Sleep Medicine)が2016年に合体し、新たに世界睡眠学会(World Sleep Society)が創設されました。アジア地域では、各国の睡眠学会が活発になり、睡眠研究や睡眠医療に関わる人が増えてきました。これまでは、日本睡眠学会が長年にわたってアジア睡眠学会(Asian Sleep Research Society)を支えてきました。今後は成熟しつつある他国の睡眠学会と互いに良きライバルとして関係を構築し、アジア・太平洋における睡眠学のさらなる発展につなげたいと思います。

日本睡眠学会の国際誌Sleep and Biological Rhythms(SBR)が2003年の発刊から15巻を数え、2016年のインパクトファクター(IF)は0.926を獲得しました。発刊、IF取得と多くの先輩が努力されてきたおかげです。現在の課題であるPubMed収載を実現することで、アジア・太平洋における中心的専門誌としてのポジションをさらに固めていきます。SBRは、世界における日本睡眠学会の重要な情報プラットフォームになると思います。

私たち会員の力を結集し、誇りを持って、日本睡眠学会の未来を作って行きましょう。

日本睡眠学会理事長  内山 真

学会のプロフィール
はじめに

人間にとって睡眠は人生のおよそ3分の1を占める休息、安らぎを得るための時間ですが、その役割や重要性が科学的に明らかにされるようになったのは比較的最近のことです。

近年、生活様式の多様化、夜型化により睡眠時間が短縮し、それによりさまざまな弊害が生じています。たとえば、睡眠不足による昼間の眠気から増加している交通事故や、新幹線の運転士の居眠りなどは皆さんの記憶に新しいことでしょう。昼間の眠気は事故ばかりでなく毎日の就業や勉学に生産能率低下を引き起こし、このような状態が長期化すると心身への影響もみられ、不安やうつ状態をまねく場合があります。さらに、これらの睡眠の問題は社会経済問題をも引き起こします。睡眠不足だけでなく、今や国民の4〜5人に1人が睡眠について何らかの悩みをもっていると言われています。睡眠は、単に「睡眠医学」の領域のみならず社会経済問題からみた「睡眠社会学」、および睡眠の役割やメカニズムを研究する「睡眠科学」、の3つの切り口から取り扱っていこうという機運が高まり、これら3つをまとめて「睡眠学」という新しい学問体系が成立しつつあります。

睡眠研究の歴史

現代の科学的な睡眠研究は、嗜眠性脳炎の脳の損傷を調べたEconomoの研究(1926)にさかのぼることができます。この研究は脳の電気刺激によって睡眠を誘発することに成功したHess(1954)らの研究やMoruzziとMagounによる覚醒の神経機構である上行性脳幹網様体賦活系の発見(1949)に受け継がれ、睡眠と覚醒のメカニズムにようやくメスが入れられて本格的な睡眠研究の幕開けが到来しました。これらの研究に大きく貢献したのは頭皮上から電気活動を記録することに成功したBergerによる脳波の発見(1929)です。さらに、米国シカゴ大学におけるAserinskyとKleitmanによるヒトのレム睡眠の発見(1953)により睡眠研究は飛躍的な発展を遂げ、シカゴ大学のDement(1958)、フランスのJouvet(1959)、日本の島薗(1960)らのイヌやネコでのレム睡眠の発見へと続いていきます。

また、1990年代後半には睡眠中の脳血流量を画像研究によりとらえられるようになったことで、睡眠の各段階で脳のどの部位が活動しているのか、睡眠薬が脳のどの部位に作用するかについても明らかにされつつあります。古くからその存在を知られていたナルコレプシーという過眠と情動脱力発作を特徴とする古典的な疾患も、急速に進歩する研究技術の開発によってナルコレプシー犬で髄液中のオレキシンが低下していることが発見されました(1999)。このようにIT技術やエレクトロニクスの発展、分子生物学の進歩に伴う分子レベルでの解析が次々と新しい発見をもたらしつつあり、睡眠科学の発展は睡眠障害の診断・治療に大きな進歩をもたらすことが期待されています。

日本睡眠学会の成り立ち

一つ目はSBRを一流誌として育て上げることです。わが国の睡眠研究は、海外で活躍する日本人研究者はもちろんのこと、国内にあっても国際的な第一線の研究が活発に行われています。20世紀初めに日本の石森国臣(1909)とフランスのPieron(1913)が睡眠の誘発や睡眠の維持に関与する「睡眠物質」の存在を提唱しました。彼らはそれぞれ独自に、断眠させて非常に眠気の強いイヌの脳脊髄液を別のイヌの脳内に注入してそのイヌが眠ることを観察しましたが、睡眠物質の実態が明らかになったのはつい最近のことです。現在では動物の脳、血液、尿などから約30種類の睡眠物質が同定されています。日本でも井上らがウリジンや酸化型グルタジオンを睡眠物質として同定、さらに最近では早石らがプロスタグランディンD2をはじめとするサイトカイン、アデノシンなどを発見し、睡眠物質に関する基礎研究では日本は世界のリーダー的存在となっています。このような国際的研究の成果はSBRを通して日本から発信していきたいと考えています。また、基礎研究だけでなく臨床研究においても詳細な観察と症例の蓄積は世界に類を見ませんし、ヒト時間生物学領域における独創性は高く評価されるべきです。これらについても私たちはもっと誇りを持つべきで、SBRを国際誌として大いに利用し、さらに一流誌に発展させることが重要であると考えます。

二つ目は睡眠研究・医療の拠点作りのさらなる推進です。日本では滋賀医科大学を皮きりに睡眠学講座が各地に設置されつつあります。設立の目的はいずれも睡眠科学・睡眠障害を中心とした睡眠研究、市民の睡眠医療の発展、医師パラメディカルスタッフの育成です。このような総合的な構想は国際的にみてもかなりユニークであり、これまで欧米にもなかったシステムが日本で構築され、広がろうとしています。これらの拠点が他の講座と同様、全国の大学に波及し、さらに大学だけでなく裾野を拡大していくための支援をしていきたいと考えています。

三つ目は世界各国との連携です。睡眠学会国際連合“World Federation of Sleep Research Societies(WFSRS)”や米国国際睡眠医学会“American Academy of Sleep Medicine(AASM)”などと連携を保ちながらこれまでも多くの国際シンポジウムや国際会議を開催、参加してきました。また、本学会が設立に参画したASRSの理事長は大熊輝雄(1994-1997)、井上昌次郎(1997-2000)、太田龍朗(2000-2004)、と引き継がれ、現在はインドのKumar教授が務められております。引き続き国際交流は欧米やアジア地区との間で活発に行う予定です。

四つ目は健全な社会を維持するための総合科学としての睡眠社会学の推進です。昨今、社会の24時間型化によりさまざまな社会生活上の問題や弊害が取り上げられてきました。ストレス、過労、睡眠不足が生活習慣病やうつ病の増加、国民の健康な生活の破綻を引き起こし、また産業事故の誘因となり、勤務や学校生活を困難なものにしているようです。そしてこのような疾病や、就労・就学不備による社会経済的損失が莫大であることが少しずつ認知されるようになってきました。ヒトが健全に生きていくための基本に食行動と共に睡眠、休養があることを忘れずに、さらに睡眠を重視した社会生活を推進することが21世紀の課題であると考えます。折りしも、2004年には科学研究費の細目に「睡眠学」が認められるという画期的な出来事がありました。国を挙げて睡眠研究と健康増進に取り組む方向がいっそう強まってきたといえます。このような視点から私ども学会員の一人一人が課せられた責務を重く受け止めなくてはならないと考えています。

日本睡眠学会はこれまで述べてきましたように、睡眠の科学研究の推進および睡眠に関する医学・医療の充実、それらを通して国民の健康増進に寄与することを目的として設立されています。このホームページは、睡眠科学と睡眠臨床に関する科学的知識を、国民の皆様方や医療機関の方々に広く提供することを目的として開設されています。皆様方の睡眠健康の増進に、本ホームページがお役に立てるよう学会員共々努力していきたいと考えておりますので、どうぞ強力なご支援とご協力をお願い申し上げます。


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